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<title>N.A道場師範の空手三昧</title>
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<description>日新館綾川道場奮戦記</description>
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<item rdf:about="http://nissinkan-ayagawa.cocolog-nifty.com/kitabayashi/2009/05/post-2701.html">
<title>監督　杉野勝人先輩３</title>
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<description>大学２年生の春から新監督がやってきました。 ２０歳そこそこの私からは古い先輩、１...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;大学２年生の春から新監督がやってきました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;２０歳そこそこの私からは古い先輩、１６期上の監督のことを不覚にもオジサンだと思っていました。しかしその時監督３６歳、私のことを思い返しても元気盛りの年齢です。そして、１年生の頃より明らかに練習が厳しくなりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その時の練習そして監督を表現するならばまさしく巨人の星の星一徹！！&lt;br /&gt;
いつまで続くか分からない基本、突いて突いて突いて・・・蹴って蹴って蹴って・・・そしてスクワット！いったいどれくらいやったでしょうか毎回気が遠くなるほどやらされました。練習場所が道場からグランドに変わると走って走って走って・・・ダッシュダッシュダッシュ・・・そしていつ終わるか分からないウサギ跳び、まるで星飛馬の練習を地で行くようなものでした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;前年まで少なかった部員も高校時代に全国に名を馳せた選手がたくさん入ってきました。そして鉄人谷崎先輩、新監督杉野先輩の気迫のこもった指導をうけそれから九州産業大学空手道部の快進撃が始まりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;次回に続く&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>空手道</dc:subject>

<dc:creator>日新館綾川</dc:creator>
<dc:date>2009-05-26T21:47:09+09:00</dc:date>
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<title>監督　杉野勝人先輩２</title>
<link>http://nissinkan-ayagawa.cocolog-nifty.com/kitabayashi/2009/05/post-5da2.html</link>
<description>高校時代に柔道と陸上競技の二足のわらじをはいていた私は大学に入ってもどちらかの道...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;高校時代に柔道と陸上競技の二足のわらじをはいていた私は大学に入ってもどちらかの道に進もうと思っていました。大学へはスポーツ推薦という話もありましたが私が入りたかったのは工学部でした。そして入ったのが九州産業大学工学部です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;大学に入った私は、スポーツ系クラブに入部しようと思っていたので経験のある柔道部へ見学に行きました。その時受けた説明が「柔道部は特待生か推薦の部員がほとんどなので一般学生の入部はどちらでもいいですよ」という中途半端な受け答えで柔道部入部への気持がそがれてしまいました。そして、下宿への帰り道私にとっては運命の出会です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;現在高知で高校の教師をしている中野先輩との出会いでした。空手道部4年生の先輩はほかの部員とクラブ生勧誘中でした。そこを通りかかった私に声をかけてきたのです。「お前出身はどこか？」　「香川県です」　「俺は高知や同じ四国だな　飯でも食いながら話そうか」　そして連れて行かれた大学前の定食屋さん、おごってもらた焼き魚定食は今でも美味かったことを覚えています。　それが、私が空手道部に入部した理由です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そのころ私の地元では高校に空手道部というものは存在せず、身近に空手道をやっている者もいませんでした。そして突然入った空手道部ですが空手の世界を知らない私は勧誘で部員をとるようなクラブなのでそんなに強いクラブだとは思っていませんでした。4年生が2名　3年生が2名　2年生が1名（その当時2名）　部員数の少ない空手道部練習場はそれにはにつかはない新しい体育館の中にある広い専用の道場でした。そして、そこで目にしたのは数えきれないトロフィーやカップそれから賞状額がここ狭しと並べられた光景でした。そこにはまぎれもなく全国に知られた伝統の空手道部の姿がありました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それからは、来る日も来る日も厳しい練習の日々が続きました。走ることが中心の体力作りと基本が殆どの練習は高校時代には味わったことのない苦痛が伴うものでした。大学1年生当時私たちより練習している物は世の中にいないのではないかと思っていました。10数人入った1年生も少しづつ人数が減って行きましたがなんとか1年間練習を続けることができました。そして2年生の春、少しは自信がついた私達の前に現れたのは新監督の杉野監督です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;次回に続く&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>空手道</dc:subject>

<dc:creator>日新館綾川</dc:creator>
<dc:date>2009-05-24T13:44:52+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://nissinkan-ayagawa.cocolog-nifty.com/kitabayashi/2009/05/post-6993.html">
<title>監督　杉野勝人先輩</title>
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<description>その時はやって来ました。 30年ほど前の春のことです。4月生まれの私が二十歳のな...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;その時はやって来ました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;30年ほど前の春のことです。4月生まれの私が二十歳のなったばかりの時でした。&lt;br /&gt;
その人を見たのはその時が初めてです。少し小柄な体にほとばしる気迫。&lt;br /&gt;
何者をも近づけない容易ならざる雰囲気を醸し出していました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;大学に入って、何のはずみか到底私が進む道ではない空手道部に入ってしまいました。そして、苦難の日々が始まりました。しかし、私達の本当の苦難の日々はこれからが始まりだったのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
※話がかなり古いことと、杉野先輩の思い出が強烈なため事実関係に自信が持てません。この話は事実に基づいていますがノンフィクションのようなものと思って楽しんでください。私の中では事実と思っていますがもし間違った記述があってもそんな雰囲気であったのだと理解してください。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
次回に続く&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>空手道</dc:subject>

<dc:creator>日新館綾川</dc:creator>
<dc:date>2009-05-19T21:17:56+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://nissinkan-ayagawa.cocolog-nifty.com/kitabayashi/2009/05/post-52c6.html">
<title>新入生歓迎コンパ最終話</title>
<link>http://nissinkan-ayagawa.cocolog-nifty.com/kitabayashi/2009/05/post-52c6.html</link>
<description>ことしの新入生は３名でした。伝統の九産大空手道部にしては少し寂しい感じがします。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ことしの新入生は３名でした。伝統の九産大空手道部にしては少し寂しい感じがします。&lt;br /&gt;
九州は少・中・高校生の競技レベルが高く今でも大学そしてナショナルチームで活躍する選手を数多く輩出しています。しかし近年、関東・関西の大学に人気が集まり九州で空手道をという選手が少なくなっているのだと聞きます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私は進路について長男に何もアドバイスをしませんでした。就職か進学かも本人に任せました。長いリハビリなどもあり高校での成績もこれといったものがありませんでした。高校２年生から３年生になるころ大学で空手をやりたいと本人から言い出しました。数校の大学からも誘いがありましたが九州産業大学空手道部に決めたのは本人の意思でした。父親としてというよりも九産大空手道部OBとして嬉しいことだと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;コンパについては私達の頃とは様変わりをしました。お酒を飲みすぎて乱れている生徒は一人も見当たりませんでした。私の歓迎コンパのときはどうやって下宿までたどり着いたか覚えていません。出席したOBたちも昔に比べるとずいぶん紳士になたと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そしてOB会長の挨拶。OB会長は私の現役時代の監督で杉野先輩です。&lt;br /&gt;
九産大空手道部に対する熱い思いを語りました。その気迫のこもった言葉にしばし場内が水を打ったように静まりました。昔を思わせるその挨拶に感動そして閉会へ。校歌・部歌を歌い万歳三唱。こうして新入生歓迎コンパは終わりました。&lt;br /&gt;
現役を終え初めて参加した歓迎コンパでした。改めて九産大空手道部のことを愛している自分を再確認でき、そしてOB諸氏の熱い思いも感じることができて本当に来てよかったと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;次の日、高松で大会があるためそれからトンボ帰りで高速道路へ、博多を２１時に出発しました。福岡ICに乗ったとたんに１５ｋｍの渋滞、八幡に着いたところで門司まで３０ｋｍの渋滞、SAに立ち寄ると給油の長蛇の列にビックリ！そして途中からの雨、疲労困憊で家にたどり着いたのは午前４時３０分でした。そして７時まで仮眠をとり試合会場へ。こうして私の九州産業大学空手道部新入生歓迎コンパは終わりました。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>空手道</dc:subject>

<dc:creator>日新館綾川</dc:creator>
<dc:date>2009-05-10T11:58:58+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://nissinkan-ayagawa.cocolog-nifty.com/kitabayashi/2009/05/post-545f.html">
<title>新入生歓迎コンパ３</title>
<link>http://nissinkan-ayagawa.cocolog-nifty.com/kitabayashi/2009/05/post-545f.html</link>
<description>その日１８時３０分から始まる歓迎コンパの前に保護者会が行われました。 まさか自分...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;その日１８時３０分から始まる歓迎コンパの前に保護者会が行われました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まさか自分が保護者の立場でこの場所に来るとは思ってもみませんでした。空手道部側から昨年度の決算報告と予算案の説明があり現在の状況などの話がありました。報告説明など資料も頂き丁寧な説明に正直驚きました。部費の収入明細や支出について保護者に対して明らかにするその姿勢に我が空手道部ながら感銘しました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;OBである私は九産大空手道部のことをどのくらい分かっているのだろうか？そしてOBといううだけであって、どれくらい貢献しているのだろうか？大きな顔をして先輩顔をしている自分が恥ずかしくなりました。地元福岡で空手道部のお世話をしてくれている諸先輩方や後輩たちに頭が下がる思いです。伝統のクラブを維持することの大変さを改めて思い知らされました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして、今年度の九州産業大学空手道部新入生歓迎コンパが始まりました。&lt;br /&gt;
私は保護者席に着きました。妙な違和感を感じながら先生方のあいさつを聞きそして師範　古田先生の乾杯と続きました。その後、新入生の自己紹介が始まりました。３０年前この場で自己紹介をしたことが思い出されました。その時の私は名前と学部・出身高校を大声で叫ぶのがやっとだったと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そしてコンパは続きます。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>空手道</dc:subject>

<dc:creator>日新館綾川</dc:creator>
<dc:date>2009-05-10T10:12:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://nissinkan-ayagawa.cocolog-nifty.com/kitabayashi/2009/05/post-d556.html">
<title>新入生歓迎コンパ２</title>
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<description>５月５日こどもの日、ゴールデンウィークも後半の休日です。 早朝からの空手道部の練...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;５月５日こどもの日、ゴールデンウィークも後半の休日です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;早朝からの空手道部の練習も昼前に終わり夕方からの歓迎コンパまで時間があります。福岡へはよくやって来る私ですが、まだ観光をしたことがありません。せっかくの機会なので嫁さん孝行と思い海ノ中道まで行くことにしました。海ノ中道には海浜公園が整備されマリンワールドなるものがあり休日をゆっくり過ごせるとのこと。どちらにしても私が福岡にいたころはなかった施設です。そして、嫁さんと一緒に海ノ中道へ・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;人間の考えることはあまり変わりがないものだとつくづく思いました。連休終盤のこどもの日、家族づれのマイカーで大渋滞です。横を走る自転車が心地良さそうです。ともすれば散歩のおじさんと競争する始末、やっとの思いで辿り着いた海浜公園の駐車場はどこも車で埋め尽くされています。２番目の駐車場待ちの列を見た時点で戦意喪失、諦めてその場をスルーすることにしました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;海ノ中道を越えていくと卑弥呼の金印で有名な志賀島があります。博多湾と玄界灘を隔てるこの島は実は私のお気に入りのスポットです。しかし、前回来たのは何年前になるのでしょうか思い出せないほど前のような気がします。砂浜が続く海ノ中道から岩場の多い志賀島の海沿いの道は絶景です。そして国民休暇村の砂浜で休憩。何があるわけでもないただきれいな海があるだけです。しばし波の音を聞きながらぼんやりした後、いざ博多へということにしました。博多への帰り道海ノ中道に続く渋滞は私たちが来る時の３倍ほどに膨らんでいました。合掌！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして博多、新入生歓迎コンパへと話は続きます。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>空手道</dc:subject>

<dc:creator>日新館綾川</dc:creator>
<dc:date>2009-05-09T17:09:43+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://nissinkan-ayagawa.cocolog-nifty.com/kitabayashi/2009/05/post-f637.html">
<title>新入生歓迎コンパ</title>
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<description>九州産業大学空手道部の新入生歓迎コンパが５月５日に博多の都ホテルで行われました。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;九州産業大学空手道部の新入生歓迎コンパが５月５日に博多の都ホテルで行われました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私も、長男が４月から大学にお世話になているのでゴールデンウィークを利用して嫁さんと一緒に参加することにしました。香川から博多まで日頃は５時間少々で走るのですがさすがにETC割引も始まり混雑をしていて６時間余りかかってしまいました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;４日の夕方に寮へたどり着き寮生活のための物資を差し入れ博多で１泊しました。夜は久しぶりに長男と居酒屋で食事をしましたが息子は飲み物にコーラ。呑兵衛の私が楽しめるにはまだもう少しかかりそうです。&lt;br /&gt;
寮生活はまだ１か月ほどですが仲間もたくさんでき楽しくやっているようです。寮の仲間たちに焼酎を１本そして焼鳥などの差し入れを持たせて午後９時過ぎ寮に帰しました。折角の博多の夜、本来ならばここからが私の時間ですが長時間の運転もありシャワーを浴び少しと思い横になたところで爆睡してしまいました。気がつけば朝です。私の博多の夜は、はかなく終わってしまいました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;翌朝、空手道部の練習を見学しました。３０年前、私が長男と同じ１９歳のとき同じこの道場で空手を始めました。九産大の空手衣を着けて練習をする息子を感慨深く眺めてきました。時は移ろいゆくもの、自分の年を改めて感じました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;次回に続く&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>空手道</dc:subject>

<dc:creator>日新館綾川</dc:creator>
<dc:date>2009-05-09T16:22:56+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://nissinkan-ayagawa.cocolog-nifty.com/kitabayashi/2009/05/post-3de6.html">
<title>総会　最終話</title>
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<description>その日は暑かったのかそれとも寒かったのか、晴れていたのか雨だったのかそんなことも...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;その日は暑かったのかそれとも寒かったのか、晴れていたのか雨だったのかそんなことも考える余裕もない一日が始まりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;常任理事会で判明したミスプリントや数字の間違いは通常の総会では許せる範囲のものかどうか私にはよくわかりません。しかし、私の常識でも数が多いと思われるほどでした。会計処理など悪いことをしているわけではないのですが、認識不足による仕分け違いや単純な数字の入力間違いなど、総会で説明できるかどうか不安なまま本番に突入することになりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして始まった20年度の総会。開会のあいさつが始まりましたが私は質疑の応答のことで頭がいっぱいでした。次第に従い総会が進んで行きます。冒頭から誤字、脱字のお詫びと訂正、決算報告が始まると数字の訂正と説明とここまで来たとき顔から汗が噴き出し背中には汗が流れていました。頭をかしげながらも役員の先生から厳しい質問はありませんでした。しかし、私の師匠石川先生から、今現在資金が適正に保管されているか質問がありました。これには自信のある私は大きな声で現在の資金について説明しました。その時役員の先生方から苦笑が沸き無事決算報告が終わりました。それから事業計画や予算案の説明がありましたが脱力してしまった私はどのように総会が終わったのかあまり覚えていません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;総会後の懇親会では先生方から冷やかされたり励まされたりとそして総会が終わった安堵感からしこたま酔っぱらってしまいました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先日4月29日今年の総会が終わりました。まだまだ上手に事務局を運営することができない私は今年も四苦八苦しながら諸先生方に助けられ総会を終えました。今年の総会は昨年ほど恥ずかしい総会ではなっかたと思っています。&lt;br /&gt;
そして、役員改選だった今年の総会ですがもう一期2年間事務局を務めることになりました。先輩諸先生方や各委員会の先生たちに助けられながらまた今年の活動が始まりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私が空手道連盟を通じて遣っていきたいことは今でも選手の強化と次代を担う人材の育成だと思っています。本当は現場に帰りたいのですが今は事務局を通じてそれをやっていこうと思います。そして2年間の事務局生活を通して県連盟を今まで支えてくれた先生方に心から感謝しなければならないと思いました。私ももう少し県連盟のために頑張っていきたいと思います。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>空手道</dc:subject>

<dc:creator>日新館綾川</dc:creator>
<dc:date>2009-05-02T23:23:07+09:00</dc:date>
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<title>総会４</title>
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<description>そしてその日はやってきました。　朝から常任理事会そして総会へと・・・ 3月の強化...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;そしてその日はやってきました。　朝から常任理事会そして総会へと・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;3月の強化練習が終わり19年度最後の事業が終わりました。4月に入って各委員会からの事業報告・事業計画そして決算報告と来年度予算案が送られてきました。総会に向けて私の手元にあるのは前年度の総会資料だけです。30数ページのその資料を見ながら総会に向けて資料を作り始めました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;1年間県連盟の事業をこなすことで精一杯だった私にはこの時点で連盟の決算システムや補助金の処理の仕方、そして本決算の仕分けの方法などわからないことばかりです。仕事が終わって家に帰りそれから昨年の資料とにらめっこをしながらこつこつと資料作っていきました。誤字脱字の確認から決算資料の数字に間違いがないか確認をしながら最終的に資料が仕上がったのは総会前日でした。そしてその夜、千数百枚の資料をコピーして50数部の総会資料を作成しました。終わったのは日付も過ぎて総会当日になっていました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;やはり人間一人の力というものは大したことのないものです。製本が終わった資料を手にしてみるとすでに表紙に誤字発見、次のページを開けてみると脱字発見。いまさら手直しもできず本番へと向かいました。そして総会前の常任理事会が始まりました。そこで総会資料の確認が始まりました。会議が進むにつれて私の顔には冷汗が噴き出てきました。そして総会へと続いていきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;次回に続く&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>空手道</dc:subject>

<dc:creator>日新館綾川</dc:creator>
<dc:date>2009-05-02T21:46:21+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://nissinkan-ayagawa.cocolog-nifty.com/kitabayashi/2009/05/post-5f68.html">
<title>総会３</title>
<link>http://nissinkan-ayagawa.cocolog-nifty.com/kitabayashi/2009/05/post-5f68.html</link>
<description>私が直面した事務局の一番の試練はお金の管理でした。 事務局引き継ぎの時から県連盟...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;私が直面した事務局の一番の試練はお金の管理でした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;事務局引き継ぎの時から県連盟のお金を預かることになりました。預かったお金は連盟の大切な積立金、それから昨年度からの繰越金、会員登録のお金など普段お金を持たない私には重くのしかかるプレッシャーです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;県連盟には委員会があり各委員会（審判・指導・強化・競技・学生連盟）には予算に応じて活動費を支給し独立決算をするようにしています。事務局の負担を軽減しようと始めたものですが、各委員会から送られてくる決算書の把握や事務局が立て替えたお金や補助金の管理、また県連の各行事の決算などがあり結局私の能力を超えた事務処理量でした。入ってくるお金を記録し出ていくお金の仕分け、領収書の整理と現場（選手強化）で頑張ってきた私には似合わないそして強化してきた選手たちから想像もつかない今の私の姿になっていきました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして迎えた初めての総会となります。ちょうど1年前4月29日のことでした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;次回に続く&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>日新館綾川</dc:creator>
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