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2009年4月

2009年4月30日 (木)

総会

昨日4月29日は県連盟の通常総会でした。

丁度2年前のことです。その時の総会で何やらよくわからないうちに無理やり県連盟の事務局長にさせられてしまいました。いま思い出しても大失敗です。県連盟ではずっと強化委員会で選手の育成を天職と思いライバル今井先生とともに思い出してみると気が遠くなるような強化をやってきました。おかげで今では、県内の選手はほぼ顔を覚えています。月2回の定期強化練習そして遠征・審判委員会との合同練習などその合間を縫うようにして試合また試合。ここ数年ゆっくり家で過ごした休日は数日しかなかったように思います。それでも、強化委員会の仕事は遣り甲斐もあり充実した日々だったと思っています。

それが急転直下現場から事務職へ飛ばされてしまいました。しかも、事務局長です。事務局長の仕事が悪いわけではなく事務能力のない人間が事務局を務めなければならないことが不幸なのです。1年目は強化に足を突っ込んだままで事務局を務めましたが事務局の仕事はそれほどやわな仕事ではありませんでした。泣く泣く強化の仕事から少し距離を取らざるを得ませんでした。そして迎えた初めての通常総会。

いま思いだしても、恥ずかしくて穴があったら入りたいような総会になってしまいました。

次回に続く

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2009年4月23日 (木)

九産大空手道部(部歌)

はじめて、それを聞いたのは大学1年生の空手道部新入生歓迎コンパのときでした。古い演歌調にバンカラな歌詞です。学生のころコンパや合宿の打ち上げなど空手道部の行事に年数回歌う機会があったと思います。現役のころはあまり印象がなく一昔・二昔前の古臭い歌をあまりよいものだとは思っていませんでした。

大学を出てから20数年が過ぎましたが、OB会や祝勝会そして40周年のお祝いなどで昔懐かしいその歌は歌い続けられています。先日、恩師 古田先生の受賞祝賀会でもみんな大声で合唱しました。学生のころはろくに歌詞も覚えていませんでしたが今では4番まで覚えています。

学生時代にいかに大切な経験をしているのか現役のころにはわかりませんでした。そして、その歌のどこが良いのかもわかりませんでした。OBになり学生時代の思い出や経験がかけがえのないものだとわかったとき無性にいとしい歌だと思うようになりました。無骨で古臭い歌ですがその歌は私たちにとっては青春そのものなのです。そしてまた九産大空手道部のみんなで大声で歌うことを楽しみにしています。

九州産業大学空手道部部歌

1.堅く握った二つの拳

  岩を砕けと突き出せば

  風を起こすか嵐を呼ぶか

  男命の空手道

2.道の一字に命をかけて

  トウと一声蹴り込めば

  敵も倒せる試練の技も

  涙にくれる時もある

3.義理を尊び情けにゃ弱い

  そんな男になりたいと

  励んでとったこの黒帯も

  伊達にゃ締めぬぞ心にも

4.正邪乱れるこの世の中を

  拳に託して正道を

  行くが九州産業大の

  空手道部の教えなり

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恩師古田福雄先生(祝賀会)

先月の3月22日(日)私の大学時代恩師 古田福雄先生の平成20年度武道功労者表彰受賞祝賀会が博多で行われました。

私は長男を大学の寮(立花寮)に荷物とともに送っていくこともあり久しぶりに博多へと車を走らせました。なんと、その日から瀬戸大橋が1000円そして休日割引でその他区間も半額になり後輩2名と長男の4人で行った博多ドタバタ旅行はずいぶん安く上がりました。(次回からは片道2000円)

長男を寮で荷物と共におろして入寮手続きを済ませいざ博多の街へ・・・

そして、紆余曲折あった博多の夜もあけて古田先生の祝賀会となりました。

私が大学の空手道部に入部したとき先生はすでに九州空手道界の重鎮でした。大学から空手道を始めた私は右も左もわからない状態で古田先生のことをただただ厳しく怖い先生だと思っていました。そして、そういう想いのまま大学を終えてしまいました。

香川に帰郷して空手道を続けることになり、年に2度3度と国体などの試合会場でお目にかかるようになりました。最初の頃は先生に声をかけられると学生のころのように緊張し直立して話を聞いたものです。しかし、OBになった私にかけてくれる言葉は思いやりと優しさに満ちた言葉ばかりです。学生時代の私には古田先生の心遣いや学生に対する本当の優しさがわからなかったのです。

年代は違えどOBたちの気持は同じではないでしょうか。

もうすぐ50周年を迎える空手道部の第1期の先輩から現役の学生まで多くの人たちに祝福される先生を見て誇らしく思いました。そして、お孫さんに花束を贈呈され目を細めている先生の姿はそのころの私達には想像もつきませんでしたが実に微笑ましい光景でした。

私は今思っています。現在私たちがあるのは、時期は違えど古田先生の九州産業大学空手道部に出会い、言葉では言い尽くせないたくさんの経験をすることができたからだと。

祝賀会の終りに九産大空手道部OB現役みんなで肩を組み大声で歌った空手道部部歌が心地よく思ったのは私だけではないはずです。

古田先生、武道功労賞受賞本当におめでとうございます。そして、私たちが誇りに思う九産大空手道部を育てていただきありがとうございました。まだまだお元気で九産大空手道部と私たちを見守っていただきたいと願っています。

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2009年4月15日 (水)

卒業4

その日、長男は通いなれた道をそのころのように何の疑いもなくいつもと同じように交差点にさしかかりました。違っていたのは病院へ行く東西の道ではなく家に帰る南北の地下道へと向かったことです。そうです、南北の地下道には自転車用のスロープがなかったのです。いつもの調子で地下道に飛び込んだ彼は奈落の底へと転がってしまいました。コンクリートの階段を自転車と一緒に転がり落ちてしまったのです。なんとか自力で階段を這い上がった彼は、近くのガソリンスタンドでお世話になりました。偶然にもガソリンスタンドの店員さんが、私の道場経験者で長男のことを知っていたのです。傷を負った彼を車で家まで送ってくれました。家にたどり着いたときは血まみれになっていたようですが幸いにも膝の切り傷だけで済みました。しかし、傷は深く膝関節の近くまで達していました。翌日、病院で切開手術をしてもらい患部が動かないようにギブスで固められてしまいました。全治3週間 やってしまった事故の割には軽いけがで済みました。これも、天国の祖父に助けられたのではと思っています。
そして卒業式、彼はギブスに松葉杖という格好で臨みました。入学式のときもギブスに三角巾姿だったと思います。結局、彼の高校生活は怪我に始まり怪我に終わってしまいました。

卒業して一ヶ月半が過ぎました。現在、彼は膝の傷も完治し大学で元気に空手道を続けています。

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2009年4月14日 (火)

卒業3

一昨年の春ころ嫁の父が体調を崩し高松中央病院に入院しました。100日ほどの闘病の末、逝ってしまいました。闘病中は嫁と嫁の母で付きっきりで看病をしていました。こうなると娘の旦那といううものはあまり役に立たないものです。
そのころ、双子の二男・三男も高松中央高校へ入学し兄弟三人が同じ学校に揃いました。学校生活や空手道部の練習に慣れたころでしょうか。また、長男は最初のリハビリ終盤という時期でした。それから、三人の病院通いが始まりました。
練習が終わってから三台の自転車が高松中央病院まで2kmほどの道を猛スピードで駆けていきます。面会時間が終わるまで狭い病室でみんなですごし家に帰ってくるのは午後11時過ぎという生活が続きました。そしてそれは、雨の日も風の日も父が亡くなるまで1日も休まず続きました。役に立たない私にとっては本当にありがたいことです。そして、体調を崩した父には毎日やってくる孫たちに会えることがなによりも楽しみだったのです。
中新町交差点はこうして彼らにとっては通いなれた場所になりました。

次回に続く

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2009年4月13日 (月)

卒業2

一昨年の秋、嫁の父(息子たちの祖父)が逝きました。それからは、嫁の実家では息子たちの祖母が一人で暮らしています。嫁の両親は、息子たちを可愛がってくれました。息子たちもまた祖父と祖母のことは大切に思っているようです。そんなこともあり、卒業を控えた長男は一人暮らしの祖母のところへ顔を出しに行ったのです。実は、お昼ご飯を御馳走になりたかったのですが。
そしてその日、練習が終わり帰路につき自転車で高松の中新町交差点にさしかかりました。中新町交差点は中央通りと旧11号線が交差する大きな交差点です。地下通路も整備してあり東西方向には自転車用のスロープもあります。高松中央高校から東西のスロープを越えていくと高松中央病院があります。実はこの道は彼にとっては通い練れた道だったのです。

次回の続く

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2009年4月12日 (日)

卒業

時の過ぎゆく速さは年々加速しているのではないかと思います。
長男が高松中央高校に入学したのはつい、この間であった気がします。左肩の脱臼で始まり4度の脱臼、そして2度の手術と長いリハビリの日々を過ごした彼の高校生活も気がつけばあっという間の出来事でした。
3年生になってからは体調もよく夏には進路も決まりインターハイ終了後は部活も後輩にバトンタッチしたものの練習は欠かさず、大学生へと順調に時が過ぎて行きました。しかし、やはりこのままでは終わらなかったのです。
卒業式を控えた10日ほど前のことでしょうか。電車通学をしていた彼は、2月に入り自宅学習になってから20km弱の通学路をトレーニングのためにとランニングや自転車などで空手道部の練習へ参加していました。そして、その日は嫁の実家を経由(彼の祖母に顔を見せるため)して30kmほどの道のりを自転車で出かけて行きました。学校で練習をした後、家への帰り道それは起こりました。

次回へ続く

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2009年4月11日 (土)

道場ホームページ

4月11日
昨年の8月のことです。突然、私のパソコンから変な音がしてスイッチを入れても叩いても優しくなだめてみても全く反応がなくなりました。メーカーに電話を入れて確認してみるとハードディスクが壊れたとのことです。メーカーから新しいハードディスクを取り寄せ電話で取り換えの説明を聞きながら何とかパソコンが使えるようになりました。ソフトを再インストールしてバックアップしてあったデーターを戻してもとのように使おうとしましたがいい加減なバックアップのため喪失したデーターが多数ありました。メールアドレス・空手道関係の書類・仕事のデーターなど、そしてなんと私のホームページのデーターがきれいになくなってしまいました。
本を読み読み不器用な手でキーボードをたたきなんとか形になりかけたところです。戦意喪失...仕事の忙しさもありホームページの更新もできずはや8ヶ月がすぎてしまいました。
年度末も終わり仕事も一段落しました。データーを復旧する方法をプロバイダーに教えてもらい何とか元のデーターを復旧。8か月ぶりにホームページを更新することができました。8ヶ月間の穴埋めをしながらまたホームページを再開したいと思います。

教訓 転ばぬ先のバックアップ!!

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